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野球選手にとって、「肩の痛み(野球肩)」は避けて通れない深刻な問題です。医師やトレーナーから「ノースロー」を指示され、患部を休ませる期間を設けることは、炎症を鎮める上で非常に重要です。しかし、多くの選手が経験するように、ノースローで痛みが一時的に引いても、投球を再開すると痛みが再発してしまうケースが後を絶ちません。

なぜ、肩を休ませるだけでは根本的な解決に至らないのでしょうか? そして、その真の原因が、患部から最も遠いと思われる**「対側のお尻(殿部)の筋力低下」**にあるとしたら、驚かれるかもしれません。本稿では、野球肩がノースローだけでは治らないメカニズムを解説し、投球動作における対側殿筋群の決定的な役割について深掘りしていきます。


ノースローが「根本治療」にならない二つの理由

ノースロー期間は、肩関節周囲の炎症や微細な損傷が治癒する時間を与えます。これは「対症療法」として重要ですが、根本原因を取り除いているわけではありません。野球肩が再発する主な理由は以下の二点です。

1. 痛みの原因が「肩そのもの」ではないことが多い

野球肩の多くは、肩関節の使いすぎ(オーバーユース)だけでなく、投球動作全体の**「機能不全(ディスファンクション)」**が原因で発生します。

  • 体幹の回旋不足

  • 股関節の可動域制限

  • 非効率な運動連鎖(キネティック・チェーン)

これらの問題があると、肩関節に過度なストレスやねじれ、摩擦力が集中してしまいます。ノースローで肩の炎症が治まっても、これらの機能不全が残っている限り、投球動作を再開すれば再び肩に負担が集中し、再発は必然となります。

2. 「休む」ことで機能がさらに低下する可能性

ノースロー期間中は、肩だけでなく体全体のトレーニングやコンディショニングが疎かになりがちです。これにより、体幹や下肢など、投球動作の土台となる部分の筋力がさらに低下し、投球動作時の不安定性が増す可能性があります。つまり、休養が逆に投球動作の機能不全を悪化させる一因となり得るのです。

 野球肩の真犯人!「対側のお尻(殿筋群)」の筋力低下

投球動作は、地面からの力を利用し、下肢→体幹→上肢へとエネルギーを効率よく伝達する全身運動です。この連鎖(キネティック・チェーン)において、対側のお尻(殿筋群)は、実は「肩の負担を軽減する」ための最重要エンジンとして機能しています。

1. 効率的な「エネルギー伝達(フォース・ジェネレーション)」の起点

投球動作は、軸足で地面を蹴る(プッシュオフ)ことから始まりますが、真の力を生み出すのは、踏み込み足(リードレッグ)側の殿筋群です。

  • 右投げの場合: 左足の股関節伸展、外転、外旋を行う左の殿筋群

  • 役割: 踏み込んだ際の体重を受け止め、その力を体幹の回旋に繋げる**「ブレーキ&安定化」**の役割を果たします。

この対側(踏み込み側)の殿筋群が弱いと、次の問題が発生します。

2. 体幹の「過剰な開き」と「早期の回旋」を防ぐストッパー

対側のお尻の筋力が低下していると、踏み込んだ際に股関節が安定せず、体幹が過剰に、あるいは早すぎるタイミングで開いてしまいます。これを**「アーリー・ローテーション」**と呼びます。

  • アーリー・ローテーションの弊害: 体幹のエネルギーが十分に溜まらないままリリースに向かうため、不足した回転エネルギーを肩関節だけで補おうとすることになります。

  • 結果: 肩関節周囲の腱や関節包に、本来かかるべきでない過剰な剪断力(せんだんりょく)や捻れのストレスが発生し、インピンジメントや腱板損傷などの野球肩を引き起こします。

3. 骨盤と体幹の「安定化」に不可欠

投球時の体幹は、骨盤の上に乗った不安定な状態です。対側のお尻(特に中殿筋)は、片足立ちに近い状態の骨盤を水平に保ち、体幹の安定性を確保する役割を担います。ここが弱いと、骨盤が不安定になり(トレンデレンブルグ徴候)、体幹の軸がブレて、結果的に肩甲骨の動き(スカプラ・プレーン)や上肢の動きが乱れ、投球フォーム全体が崩壊します。

 

根本改善へのロードマップ:ノースローから一歩進むために

ノースローは、あくまで炎症を鎮めるための「時間稼ぎ」に過ぎません。野球肩を根本から治し、パフォーマンスを向上させるには、以下のステップが必要です。

  1. 急性期の脱却: 炎症や痛みが強い時期は、専門家の指導のもとでノースローを徹底し、アイシングなどで対処します。

  2. 対側殿筋群の評価と強化: 痛みが引いてきたら、まず対側(踏み込み側)のお尻の筋力テスト(特に中殿筋)と、股関節の安定性を評価します。

    • 具体的なエクササイズ例: サイドライイングレッグリフト、クラムシェル、片足スクワットなど。

  3. 体幹と股関節の連動性改善: 殿筋群の力を効率よく体幹に伝えるためのドリル(メディシンボールでの回旋運動など)を取り入れ、運動連鎖を再構築します。

  4. 段階的な投球再開: 身体の土台が整ってから、シャドウピッチング、近距離でのキャッチボールなど、段階的なプログラムを経て投球を再開します。

ノースロー期間を「ただ休む期間」で終わらせず、自身の投球フォームと、その土台となる身体の機能を見つめ直す**「リフォーム期間」**と捉え直すことが、野球肩克服の鍵となります。あなたの肩の痛みは、遠く離れたお尻からの「助けを求めているサイン」かもしれません。

 

院情報

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